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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)5619号 判決 1960年1月14日

原告 難波顕成

被告 株式会社尚電社

主文

被告が訴外株式会社光洋電器に対する大阪地方裁判所昭和三一年(ヨ)第一一五九号動産仮差押決定正本に基き別紙目録記載の一ないし一九の物件についてなした仮差押は許さない。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分しその一を被告の、その三を原告の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が訴外株式会社光洋電器(以下本件訴外会社という。)に対する大阪地方裁判所昭和三一年(ヨ)第一一五九号動産仮差押決定正本に基き別紙目録記載の物件についてなした仮差押は許さない。被告は原告に対し金七九六、〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決並びに金員支払を求める部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、被告は昭和三一年六月一日原告肩書住所において本件訴外会社に対する主文掲記の仮差押決定正本に基き別紙目録記載の物件について仮差押をなした。

二、しかしながら原告は昭和三一年二月一六日以降肩書住所において電気器具の販売業を営んでいる者にして、別紙目録記載の一ないし一八、二〇ないし二五の物件は別表記載のとおり原告において購入所有しているものであり、右目録記載の一九の物件は原告において右仮差押当時顧客から修繕を頼まれ預り保管中のものであつて、本件訴外会社の所有に属するものではないから右仮差押は失当というべく排除さるべきものである。

三、なお、被告の使用人訴外河原邦夫は被告の指示により昭和三一年二月一七日午前九時頃被告の本件訴外会社に対する債権回収の手段として数十名の者を指揮してトラツク三台に分乗し原告方に来り、その店舗住宅の周囲を数回往復して威力を示した上原告方の商品を奪取しようとして原告方店舗の表戸を破壊し店内に浸入しようとし原告との間に抗争を惹起し、その際右河原は近隣の者や通行人のいる前で大声で「売掛金を払え、払わぬと商品を引上げる。」などと言い原告の信用と名誉を毀損した。もし右河原の行為が原告の指示によるものでなかつたとしても、右は河原が被告の業務の執行につき原告に加えた不法行為であるから、被告は使用者として右不法行為につき損害賠償の責を負うべきである。

四、又被告はその代表者が本件訴外会社の監査役をしていたものであるから、右訴外会社が昭和三一年二月五日解散し同月一六日解散登記をなしていること、本件物件の所在場所が原告個人の営業所で右訴外会社の営業所でないこと、従つて本件物件の所在場所には同社の所有物件は存在せず本件物件はいずれも原告の所有あるいは占有物であることを知りながら、弁護士大沢憲之進に委任し同人をして同所に大阪地方裁判所所属執行吏吉本忠男を案内せしめ以て前記一の仮差押をなさしめ、原告の本件物件に対する所有権および占有権を侵害した。仮に右大沢弁護士の行為が被告の指示によつたものでなかつたとしても、原告は本件仮差押に当り右大沢弁護士に対し、右仮差押場所にある物件はすべて原告の所有物件であつて本件訴外会社の所有物件でないこと、同社は昭和三一年二月五日解散して同月一六日解散登記済であること、および右仮差押の場所は「ナンバラジオ店」として原告が電気器具の販売業をしており右訴外会社の営業所でなく同社の商品等は存在しない旨強く主張して右仮差押を拒否しており、又右仮差押の場所には本件訴外会社の本店あるいは同社難波支店を表示する標札又はこれを推認せしめるような状況が存しないのであるから、右大沢弁護士は本件仮差押に当り右仮差押の場所が本件訴外会社の営業所でなく原告の営業所であること、そして本件物件が全部原告の所有に属することを知つていたものというべきであり、又仮に右事実を知らなかつたとしても、右弁護士がその職務上課せられた注意義務を尽し原告の主張事実について十分調査すればその主張事実の真実であることは容易に判明したにも拘らず、何らの調査もなさず漫然執行吏をして本件仮差押をなさしめたものであるから、右仮差押は右弁護士の故意又は過失に基き不法になされたものに外ならない。ところで右不法行為は右大沢弁護士が被告から仮差押の委任を受けこれをなすに当つて原告に加えたものであるが、かかる場合委任をなした者は民法第七一五条に則り受任者の不法行為に基く損害を賠償する責任を負うものであるから、被告は原告に対し右大沢弁護士がその不法行為に基き原告に加えた損害を賠償すべきである。

五、ところで右不法行為によつて原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(一)、昭和三一年二月一七日付不法行為によつて原告は多大の信用と名誉を毀損された。この損害は無形の損害として金五〇〇、〇〇〇円に相当する。

(二)、又昭和三一年六月一日以降の不法行為によつて蒙つた損害は、

(イ)、本件仮差押により原告は別紙目録記載の一ないし二四の物件を販売することができなくなり、その間型および様式等が古くなつたことにより右物件の価格低減を来したのであるが、その損害は右物件見積額の半額として金一三〇、〇〇〇円である。

(ロ)、別紙目録記載の一ないし二四に投下された資本金二六〇、〇〇〇円(実際は右金額以上であるが一応仮差押の際の見積額による。)は本件仮差押がなかつたならば回転して利益を挙げ得たものであるに拘らず、本件仮差押がなされたため利益を挙げ得なかつたのであるが、右仮差押の翌日である昭和三一年六月二日から同三四年五月末日までの三カ年間に右資本金を回転して挙げ得たであろうところの利益は次のとおりである。即ち税務署が昭和三一年度に六大都市所在の電気器具店で認める売上高の最低の推定率は平均在庫(各月末在庫の年間合計を一二で割つたもの)一、〇〇〇円当り一、三〇〇円で、電気器具店の所得率(売上又は総収入一〇〇円当りの利益)は二〇・八パーセントである。この計算により投下資本金二六〇、〇〇〇円を平均在庫として三カ年の所得を計算すると、

一カ年の売上高………二六〇、〇〇〇×一二×一・三=四、〇五六、〇〇〇円

一カ年の利益………四、〇五六、〇〇〇×〇・二〇八=八四三、六四八円

三カ年の利益………八四三、六四八×三=二、五三〇、九四四円

となる。ただ右算定による利益中には雇人費、地代、家賃、公租公課、支払利子、貸倒金等をも含むものであるから、真の純益はこれらのものを差引いたものと考えられるが、仮にそうだとしても昭和三四年九月末日までには少くとも金一、〇〇〇、〇〇〇円の純益を挙げ得たことは明らかである。よつて原告が本件仮差押により得べかりし営業利益の損失として蒙つた損害は少くとも金一、〇〇〇、〇〇〇円である。

以上の次第であるから、原告は被告に対し本件仮差押の不許並びに前記五の(一)の損害金五〇〇、〇〇〇円中金一〇〇、〇〇〇円、(二)の(イ)の損害金一三〇、〇〇〇円、(二)の(ロ)の損害金一、〇〇〇、〇〇〇円中金五六六、〇〇〇円、合計金七九六、〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日から右支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。

と述べ、

証拠として、甲第一、第二号証、同第三号証の一、二、同第四号証、同第五号証の一ないし一六、同第六号証の一、二、同第七、第八号証を提出し、証人広瀬勲(第一、二回)の証言および原告本人訊問の結果を援用し、乙号各証の成立を認め、同第一号証を利益に援用した。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、

一、原告の請求原因事実一は認める。

二、右請求原因事実二は否認する。別紙目録記載の物件は本件訴外会社の所有に属するものである。

(一)、右物件は、原告が本件訴外会社の解散に基く清算事務により自己の債権に対する弁済として譲受けたと称する商品等の一部である。しかしながら本件訴外会社の解散は無効であり、仮に然らずとしても右清算事務は無効であるから、いずれにしても原告が本件物件を含む右訴外会社の商品等を取得すべき理由はなく、依然としてその所有権は本件訴外会社に属するものである。而して右解散および清算事務が無効であるとする理由は次のとおりである。

(イ)  本件訴外会社は原告が代表取締役として主宰する同族会社で被告の代表取締役が監査役となり原告方を営業所として電気器具の販売業を営んでいたものなるところ、昭和三一年二月四日被告代表者不知の間に監査役辞任の登記をなした上、当時右訴外会社に対する最大の大口債権者である被告に何ら通知することなく同月五日解散決議をなしたと称して同月一六日右解散の登記をなしたものであるが、かかる解散は全く債権者である被告を害する意図の下になされたものであつて絶対無効のものである。

(ロ)  仮に右解散が有効であるとしても、前記清算方法は、(A)本件訴外会社は解散当時既に著しく債務超加の事実があつたものであるから清算人は一般債権者保護のため商法第四三一条に則り裁判所に対し特別清算を申請すべきであるに拘らず、右申請をなすことなくしてなされたものであり、(B)右訴外会社は清算方法を解散決議後定むべきであるに拘らず、解散決議前未だ清算人の定らない間に取締役会において解散決議のあることを停止条件として定められたものであり、(C)右訴外会社の清算人となつた原告は商法第四二一条、第四二二条に則り債権者に対して債権申出の催告をなすべきであるに拘らず、被告に対し右催告をなさずしてなされたものであり、(D)右訴外会社の清算人となつた原告は商法第四二三条に則り同法第四二一条所定の債権申出期間内は債権者に対し弁済してはならないにも拘らず、原告に対し右期間内である解散の翌日その債務を弁済してなされたものであり、(E)右訴外会社の清算人である原告が自己に対し会社財産の譲渡行為をなすことは商法第四三〇条、第二六五条所定の自己取引禁止に該当するものでもしこれをなすときは少くとも同法第四二三条第二項所定の裁判所の許可を要するにも拘らず、右許可なくしてなされたものである。よつて本件清算方法は無効というべきである。

(二)、仮に別紙目録記載の一ないし一八の物件は原告個人が購入し、同目録記載の一九の物件は原告個人が第三者から預り保管中のものであるとしても、原告の右物件に対する所有あるいは占有は当然本件訴外会社のそれと看做さるべきであるから、右物件は未だ本件訴外会社の所有あるいは占有に係るものである。而してその理由は次のとおりである。

(イ)  本件訴外会社の解散が無効となれば、その全財産を譲受けてなしてきた原告の営業行為は本件訴外会社のそれと看做さるべきであるから、右解散後原告個人名義で購入しあるいは占有してきた物件は本件訴外会社において購入しあるいは占有してきたものというべきである。

(ロ)  仮に右解散が有効であるとしても、本件訴外会社は清算会社として清算目的範囲内での営業行為もあり得るわけであるから、原告は右訴外会社の清算人として競業避止の義務を負うものというべく、原告が右訴外会社の従来の営業所で個人としてなした右物件の購入あるいは保管行為は同社のためになしたものに外ならない。

三、原告の請求原因事実三のうち、被告が昭和三一年二月頃係員を債権回収のため原告方に差向けた点は認めるが、その余は争う。被告は本件訴外会社の代表者原告が被告納入の商品代金の支払を拒否し、右訴外会社の売掛金債権を特定の者に一方的に処分したり店頭商品を他に隠匿する風評があつたので、被告は自己の納入した商品中代金未収分の返還を求めるため係員四名をして三輪車一台に乗車させて原告方に差向けたのであるが、原告の拒否にあつて退去したものである。

四、原告の請求原因事実四のうち、被告代表者が本件訴外会社の監査役をしていたこと、被告が大沢弁護士に委任して本件仮差押をなさしめたこと、および原告が本件仮差押に当り大沢弁護士、吉本執行吏に対し、本件物件はすべて原告の所有物件であつて本件訴外会社の所有に属するものでなく、右会社は既に解散して解散登記済であり、本件仮差押の場所は原告が電気器具の販売業を営んでいる所で本件訴外会社の営業所ではないから同社の商品は存在しない旨主張して右仮差押を拒否したことは認めるがその余は争う。本件訴外会社が昭和三一年二月五日に解散したとしても被告は当時右訴外会社に対し多額の債権を有していたものであるに拘らず、右訴外会社の清算人である原告は被告に対し商法第四二一条、第四二二条所定の公告催告は勿論何ら事実上の通知もなかつたものであるから、被告は右解散の事実については全く関知するところではなかつた。

五、原告の請求原因事実五の事実即ち損害の発生および損害額を争う。

と述べ、

証拠として、乙第一、第二号証を提出し、証人河原邦夫の証言および被告代表者本人訊問の結果を援用し、甲第三号証の二、同第五号証の一ないし一六、同第八号証の成立は不知、その余の同号各証の成立を認め、そのうち同第六号証の一、二の立証趣旨を否認した。

理由

第一、第三者異議訴訟の成否について。

被告が昭和三一年六月一日原告肩書住所において本件訴外会社に対する主文掲記の仮差押決定正本に基き別紙目録記載の物件について仮差押をなしたことは当事者間に争ない。

ところで原告は別紙目録記載の一ないし一八、二〇ないし二五の物件は原告が購入したものであり、同目録記載の一九の物件は原告が第三者から預り保管中のものである旨主張するのに対し、被告は右物件はいずれも本件訴外会社の所有に属するものである旨述べてこれを争うので、以下この点について判断することとする。

一、原告本人訊問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証の二ないし一五および右原告本人訊問の結果によると、別紙目録記載の一ないし一八の物件は原告が別表記載の日時頃同表記載の購入先から購入し、右目録記載の一九の物件は同じく原告が本件仮差押当時顧客から修繕の依頼を受け預り保管中であつた事実を認めることができる。そして右認定に反する証拠は存しない。

ところで右目録記載の二〇ないし二五の物件に関しては、甲第五号証の一、一二、一四および原告本人訊問中には原告主張事実に符合する部分も存するが、右は成立に争ない甲第三号証の一および証人広瀬勲(第一回)の証言、原告本人訊問の結果中その余の部分に照らし俄に信用し難く、他に右原告主張事実に符合する証拠も存しないのでこれを認めることができない。却つて右甲第三号証の一によると、右二〇ないし二四の物件は原告が本件訴外会社から同社の清算に際し譲受けたと称する商品の一部と同一のものであるものと認められ(原告本人訊問の結果によると右二一および二二の物件が右譲受の商品である旨の供述がある外、右二〇ないし二四の物件と同一品目の商品が右譲受商品中に存する以上、甲第三号証の一によつて認められる右譲受の日時と本件仮差押の日時との関係から右各物件は右譲受商品の一部と同一であると認めるのが相当である)、右二五の物件は仮に原告主張の昭和二九年九月頃原告主張の購入先から購入したものであるとしても、原告本人訊問の結果によると、本件訴外会社は昭和三〇年三月頃原告ら同業者数人がその営業を持ち寄つて設立したものであるとの事実が認められ、右事実から右二五の物件も元来原告個人の営業用什器であつたものを本件訴外会社設立に際し原告において右訴外会社に出資し、その所有に帰した事実を推認し得るところ、更に証人広瀬勲(第一回)の証言および原告本人訊問の結果によると、原告は本件訴外会社から在庫の商品及び負債を引継ぎ右訴外会社の支店であり且つ唯一の営業所において昭和三一年二月一六日以降右訴外会社と同一種類の営業をなしている事実を認めることができるから(右解散、清算の有効無効および右営業行為を本件訴外会社のそれと看做し得るか否かは暫く措き)、右各事実を併せ考えるとき、右二五の物件も本件訴外会社の解散に際し原告が引継いだ物件の一部であると認めることができる。

二、ところで被告は、原告が本件訴外会社からその解散に基く清算事務として譲受けた物件は右解散が無効であり、仮にそうでないとしても右清算事務が無効であるから、原告において右物件の所有権を取得することはできない旨主張して右物件に対する原告の所有権を争うので、更にこの点について考察する。

(一)  まず被告は本件訴外会社の解散は大口債権者である被告を害する意図の下になされたものであるから絶対無効のものである旨主張する。しかしながら仮に右解散の動機が被告主張のようなものであつたとしても、右解散が適法な株主総会において適法に議決されたものなる以上(この点については被告は明らかに争わない)、右解散決議を以て無効あるいは当然無効のものとなし得ないことは明らかであるから被告の右主張は理由がない。

(二)  次に被告は本件訴外会社の清算方法を無効とする第一の理由として、本件訴外会社は解散当時著しく債務超加の状態にあつたものであるから清算人は清算をなすに当り裁判所に対し特別清算を申請すべきにも拘らず、右申請をなすことなく本件清算をなした違法を主張する。そこで考えるに凡そ清算人において会社に債務超過の疑があるときは商法第四三一条第二項に則り裁判所に対し特別清算の開始を申立てるべきであるが、成立に争ない乙第二号証および証人広瀬勲(第一回)の証言、原告本人、被告代表者本人各訊問の結果によると、本件訴外会社はその解散当時債務超加の状態にあつた事実が認められるから、本件訴外会社の清算人である原告は裁判所に対し特別清算開始の申立をなすべきものなるところ、原告において右特別清算開始の申立をなした事実は認められない。ところで前記商法第四三一条第二項は強行法規であつてこれに違反した行為は私法上の効果をも否定されるものと解すべきであるから、本件訴外会社の清算人である原告のなした本件清算行為は被告主張の他の無効事由について判断するまでもなくすべて無効であるといわねばならない。

してみると原告が本件訴外会社の解散に基く清算事務として別紙目録記載の二〇ないし二五の物件を譲受けた行為は無効であるから、原告は右物件についてその所有権を取得する道理はなく、右所有権は依然として清算中の本件訴外会社にあるものということができる。

三、次に被告は、原告が本件物件中の一部について本件訴外会社解散後購入し又は保管を始めたものが存するとしても、右購入および保管行為は右訴外会社がなしたものと看做さるべきものであると主張するので、この点について考察する。

(一)  まず被告は、本件訴外会社の解散は無効であるから、その全財産を譲受けてなしてきた原告の営業行為は本件訴外会社のそれに外ならず、右解散後原告名義で購入しあるいは第三者の依頼によつて保管してきた物件も右訴外会社が購入、保管してきた物件というべきである旨主張する。しかしながら被告主張の理由を以てしては右解散を無効と認め得ないことは既に述べたとおりであるから、被告の右主張は採用することができない。

(二)  次に被告は、仮に右解散が有効であるとしても、本件訴外会社は清算会社として清算目的の範囲内での営業行為もあり得るわけであるから、原告は右訴外会社の清算人として競業避止の義務を負うものというべく、原告が右訴外会社の従来の営業所と同一場所で個人としてなした商品の購入あるいは保管行為は右訴外会社のためになしたものに外ならない旨主張する。そこで考えるに、そもそも清算会社は会社債務の弁済あるいは残余財産の分配として営業譲渡の方法を採ることも可能であり、もしこの方法を採つた場合右清算会社は営業の減価を防止するため清算行為の内容として従来の営業を継続し得るものである。してみると取締役の競業避止義務に関する商法第二六四条の規定は清算人については準用がないものとはいえ、このことは清算会社は元来その清算事務として現務を結了し、債権の取立および債務の弁済、残余財産の分配等の行為をなし得るに止り、従つて通常、営業はこれをなし得ないとの前提に立つものであるから、いやしくも清算会社が前述のとおりその営業を継続するものであるとすれば清算人には当然競業避止の義務があるものといわねばならない。従つてもし清算人が自己又は第三者のために清算会社において継続中の営業の部類に属する取引をなすときは株主総会においてその取引につき重要なる事実を開示してその認許を受けることを要し、もし清算人がこれに違反し自己のために取引をなしたときは株主総会はこれを以て会社のためなしたものと看做すことができるものといわねばならない。そこで本件についてみるに本件訴外会社の清算人である原告が別紙目録記載の一ないし一八の物件を購入し、一九の物件を修繕のため預り保管したことは右訴外会社の営業の部類に属する取引に外ならないのであるが、そうだとしても本件訴外会社が清算会社として営業譲渡の目的を以てその減価を防止するため清算事務の内容として営業を継続しているとの事実はこれを認め難いのであるから、原告の本件右物件の購入および保管行為を以てその競業避止義務に違反したものというを得ない。又仮に原告の右行為を以て競業避止義務に違反したものであるとしても、原告の右行為を以て本件訴外会社の行為と看做すためにはその株主総会において右行為のときから一年以内に右行為を以て右訴外会社のためになしたものとの決議をなさなければならないところ、本件訴外会社の株主総会においてかかる決議がなされたとの事実も認め難いから、原告の右物件の購入、保管行為を以て本件訴外会社のためになしたものと看做すことはできない。

してみると別紙目録記載の一ないし一八の物件は原告において購入し本件仮差押当時所有していたものであり、同目録記載の一九の物件は原告においてその頃第三者から預り保管中のものであつて、本件訴外会社の所有に属するものではないから、右各物件に対する本件仮差押は失当として排除さるべきものである。そして同目録記載のその余の物件は本件訴外会社の所有に属するものであるから右物件に対する本件仮差押は正当である。

第二、昭和三一年二月一七日付不法行為の成否について。

まず、被告が昭和三一年二月頃債権回収のため係員を原告方に差向けた事実は当事者間に争ない。

原告は、被告の使用人河原邦夫は被告の指示により昭和三一年二月一七日午前九時頃数十名の者を指揮してトラツク三台に分乗して原告方に至りその店舗住宅の周囲を数回往復させ威力を示した上原告方店舗の表戸を破壊し店内に侵入しようとし原告との間において抗争を惹起し、その際右河原は近隣の者や通行人のいる前で大声で、「売掛金を払え、払わぬと商品を引上げる。」などと言い原告の信用と名誉を傷けた旨主張するのに対し、被告はこれを争うのでこの点について判断するに、原告本人訊問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証の一、二および証人広瀬勲(第一回)、同河原邦夫の各証言、原告本人、被告代表者本人各訊問の結果によると、本件訴外会社は原告らが被告と取引をするためその要望によつて設立した会社で、名目上の本店を被告方次いで訴外広瀬勲方に置き、実際の営業は支店として登記された原告方においてなしていたものであるが、昭和三一年一月頃から被告に対する買掛金約一、〇〇〇、〇〇〇円の支払をしないため、被告において右訴外会社と度々接渉を重ねていたところ同社は経営不振を理由に右支払に応じないので、止むなく被告は自社の納入した商品の回収を図り、昭和三一年二月一七日午前九時頃被告方社員である訴外河原邦夫をして社員四、五名の者を指揮させ、宣伝車と三輪車に乗車させ、本件訴外会社の営業所に赴かしめたのであるが、同所では未だ板戸が閉つたままであるので右河原は戸を叩き来所の由来を告げたところ、原告は同所の二階から顔を出して応接し右河原の要求を拒否するので、更に右板戸を強く叩いて来所の目的を遂げようとし遂に右板戸の一部を破損させ、更に同人は路上に近隣の者や通行人が立止つて見ているにも拘らず大声で売掛金の支払又は売渡商品の返還を求め、原告との間に応酬をなしていたところ、間もなく警察官が来場したので、その求めもあつて共々警察署に赴き同所で双方話し合つたのであるが、結局話がつかないので右河原は空しく同所を引揚げた事実を認めることができる。従つて証人河原邦夫の証言および原告本人訊問の結果中右認定に反する部分は前記採用の各証拠に照らし信用し難く、他に右認定に反する証拠は存しない。そこで右事実から考えるに、本件訴外会社解散後同社営業所で営業を始めていた原告が右河原の所為によつてその信用と名誉とを害された事実はこれを認めることができる。しかしながら右本件河原の所為は原告が門戸を鎖すことなくその債権取立の交渉に応じたならば、原告は債務者である本件訴外会社の清算人として受忍すべき程度の信用と名誉を毀損されたのに止り(原告が本件訴外会社の清算人として清算事務を執る傍ら個人として同一場所で同一種類の営業をなす以上、右信用名誉の毀損に伴い原告個人のそれが毀損されたとしても、右は止むを得ないものといわねばならない)、本件におけるような程度の信用および名誉の毀損を受けずに済んだものであるに拘らず、原告において門戸を閉し二階の窓から応待するような態度に出たことから、右河原においても被告の権利を主張するため止むなく戸外において大声を発せねばならず、結局債権取立の方法として債権者に許された範囲を或る程度逸脱したものであるが、前記事実から右逸脱部分は専ら債務者の代表者である原告の所為に基因するものというべきであるから、右河原の所為は違法性を欠くものといわねばならない。よつて右河原の所為は原告主張の不法行為とはならないから、右所為が被告の指示によるものであるか否かについては判断するまでもなく原告の本項不法行為の主張は理由がない。

第三、昭和三一年六月一日付以降の不法行為の成否について。

一、原告は前述のとおり別紙目録記載の一ないし一八の物件については昭和三一年三月六日頃から同年五月頃までの間、訴外ナシヨナルラジオ月賦販売株式会社外数個所から購入してその所有権を取得し、同目録記載の一九の物件は本件仮差押当時顧客から修繕のため預り保管中であつたものであるから、被告の本件仮差押は原告の右物件に対する関係においてはその所有権又は占有権に対する侵害行為である。

二、原告は、被告はその代表者が本件訴外会社の監査役をしていたものであるから、右訴外会社が昭和三一年二月五日解散し同月一六日解散登記をしていること、本件物件の所在場所が原告個人の営業所で右訴外会社の営業所でないこと従つて本件物件の所在場所には同社の物件は全く存在せず本件物件はすべて原告の所有又は占有に係るものであることを知りながら大沢弁護士に指示して吉本執行吏をして本件仮差押をなさしめたと主張するのに対し、被告はその代表者が本件訴外会社の監査役をしていたこと、および被告が大沢弁護士に委任して本件仮差押をなさしめたことは争わないが、その余を争うのでこの点について判断するに、本件全証拠を以てしても被告が原告肩書住所に存在する物件はすべて原告の所有又は占有に属することを知りながら、右物件を本件訴外会社の所有に属するものとして仮差押をなすべき旨右大沢弁護士に指示したとの事実は認め難い。却つて成立に争ない甲第二号証および被告代表者本人訊問の結果によると、被告は本件仮差押を右弁護士に委任したが、右は原告肩書住所に所在する本件訴外会社の物件の仮差押を委任したものであつて、従つて同所々在の物件について仮差押物選択の権限即ちその所有権が何人に属するかの認定の権限は同弁護士に委任していたものと認めることができる。従つて原告のこの点に関する主張は採用できない。

三、次に原告は、仮に本件仮差押が大沢弁護士の判断によつてなされたとしても、右弁護士は故意又は過失によつて原告の前記所有権又は占有権を侵害したものであり、被告は右仮差押の委任者として右弁護士の不法行為について責任を負うものである旨主張するので以下この点について判断する。

(一)  まず原告は、本件仮差押に際し原告は右大沢弁護士および吉本執行吏に対し、本件仮差押物件はすべて原告の所有に属するものであつて本件訴外会社の所有物件でなく、又同社は既に解散して登記済であり、右仮差押の場所は原告個人の営業所で右訴外会社の営業所でなく同社の商品等は全く存在しない旨主張してその仮差押を拒否しており、又右仮差押の場所には右訴外会社の本店又は支店を表示する標札又はこれを推認せしめるような状況が存しないのであるから、右大沢弁護士は本件仮差押に当り右仮差押の場所が本件訴外会社の営業所でなく原告の営業所であること、そして本件物件が全部原告の所有又は占有に属することを知つていたものというべきであると主張するのに対し、被告は原告が右大沢弁護士および吉本執行吏に対し原告主張の事実を述べて仮差押を拒否したことは争わないがその余の事実を争うのでこの点について判断するに、証人河原邦夫の証言および被告代表者本人訊問の結果によると、被告は本件訴外会社の解散の事実を知らず、ただ右訴外会社において被告に対する債務の免脱を企図し原告が中心となつて種々画策中と推察したことから急遽本件仮差押を計り大沢弁護士に右仮差押の委任をなしたとの事実を認めることができる(従つて証人広瀬勲(第一回)の証言、原告本人訊問の結果中右認定に反する部分は前掲採用の各証拠に照らし信用しない)。してみると本件仮差押に際し原告から大沢弁護士に対し前記当事者間に争ない告知の事実があつたとしても、右弁護士が執行吏をして本件仮差押を強行さるに当り、本件訴外会社は解散し本件物件中の一部が原告個人の営業活動によつて購入又は保管中のものであることを知つていたものとは認めることができない。又成立に争ない乙第一号証および証人広瀬勲(第一回)の証言、被告代表者本人訊問の結果によると、本件訴外会社はその設立当時から営業場所は支店登記のある原告肩書住所に設置していた事実を認めることができ、更に被告代表者本人訊問の結果によると、被告は大沢弁護士に本件仮差押を委任するに当り右事実を伝えていたものと推認し得るところから、右大沢弁護士が本件仮差押場所において仮差押をなしたとしても、同弁護士において同所が原告個人の営業場所であり、従つて本件物件中の一部が原告の所有又は占有に属するものであることを知つていたものと認めることはできない。そして他に右原告主張事実を認めるに足る証拠も存しないので原告の本項主張は採用し難い。

(二)  次に原告は、仮に右大沢弁護士が右事実を知らなかつたとしても、右弁護士がその職務上課せられた注意義務を尽し原告の主張事実について十分調査をすればその主張事実の真実であることは容易に判明したにも拘らず何らの調査もなさず漫然執行吏をして本件仮差押をなさしめたものであるから、右仮差押は右弁護士の過失に基くものというべきであると主張するのに対し、被告はこれを争うのでこの点について判断するに、本件物件中の一部が原告の所有又は占有に係るものであることは前述認定のとおりであるが、右認定の判断に到達するためには仮に本件事実関係について適確な認識があつたとしても正当な法律解釈なくしては容易にこれをなし得るものでなく、又右法律解釈も一見極めて明瞭というが如きものではないから、いかに弁護士がその職務上課せられた注意義務を尽したとしても即時よくこれをなし得るものとは認め難い。ところで仮差押は債権者がその債権を保全するため緊急の必要に基きこれをなすものであるから、右弁護士において本件物件が本件訴外会社の所有に属するとの判断の下に取敢えず仮差押を強行したとしても同弁護士に過失ありと言うを得ない。

してみると別紙目録記載の一ないし一九の物件に対する本件仮差押は原告の右物件に対する権利を侵害するものではあるが、侵害者である弁護士に故意過失を認め難いから、右仮差押は何ら不法行為となるものではない。

第四、結論。

以上の理由から原告の被告に対する請求中、被告が本件訴外会社に対する主文掲記の仮差押決定正本に基き別紙目録記載の一ないし一九の物件についてなした仮差押の不許を求める部分は理由があるから正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高田政彦)

目録

一、ナシヨナルラジオCX-五五〇M 一

二、ナシヨナルラジオCM-六一五 一

三、ナシヨナルラジオ五球スーパー 一

四、ナシヨナルラジオCM-三七五 一

五、ナシヨナルラジオCM-八七五 一

六、ゼネラルラジオ六M-二四〇 一

七、ゼネラルラジオ五M-六一〇 一

八、オンキヨウラジオOS-二七 一

九、シヤープラジオ五M-六七 一

一〇、ポータブルラジオ交直両用 二

一一、ポータブルラジオPL-四四〇 二

一二、ポータブルラジオゼネラルRT-三一〇 一

一三、シヤープ卓上電蓄RP-三〇〇 一

一四、ナシヨナル電気ミキサー(ジユーサー付) 一

一五、レコードプレーヤー 一

一六、電気アイロン各メーカー製取混ぜ 九

一七、扇風機、各種取混ぜ 五

一八、ヘヤードライヤー 一

一九、タイヘイラジオGR-一五 一

二〇、ナシヨナル電気洗濯機角型五〇A型 一

二一、ポータブルラジオサンヨーPL-四 一

二二、ポータブルラジオサンヨーPR-二 一

二三、ナシヨナルバイプレーター 一

二四、ナシヨナル電気トースター 一

二五、ベンリー号軽自動二輪車(大正の一四五三) 一

別表<省略>

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